#020: ゆっくり出世するという生存戦略

かつてほんの数ヶ月ほどひとつ屋根の下で働いた元同僚となぜか定期的に食事に行く。

仕事が被っていた期間が短いし直接関係があったわけではないので僕を含めた数人で食事をしながら最近の仕事の話をする意見交換会のようなものなのだが、元同僚は気がつけばするすると出世して僕の倍程度の年収になっていた。

この食事会に参加した面々の共通事項は仕事くらいのものなので、一通り最近の仕事の状況の話が終わると話題は収入と車、不動産、子供の進学へと移っていく。僕は最近の小説や映画、美しい空間について意見を交換するという文化的な活動をしたいのだけど、所詮は仕事でつながっている人々なので共通理解が及ぶ話題となるとこれくらいしかないのだ。仕方がない。

僕が収入にも車にも子供の進学にもまるで興味がなく、興味の範疇が映画や写真の美しさなので彼らと同じテーブルで食事をしながらも何処かいつも上の空で話を聞きながら「価値観が同じ土俵になくて良かった」といつも感じている。

年収と乗っている車、子供の進学先や模試の点数みたいな数値化されるものが価値観になっていたら自分の魂を常にレッドオーシャンの中に浸けているようなものだからだ。

 

元同僚は元気だったけれど、顔色は優れなかった。頭頂部も寂しくなっていた。

人権のない分野の外資系なので高額年収者からバッサバッサと切られていくという話を聞きながら、下手に出世したがために後戻りできなくなってしまう状況はきついなぁと思った。

転職するにも年収を維持しなければならないし、必然的に相応のポジションより上を狙うことになる。子供の進学を考えたら年収を落とすこともできないし、いいクルマから軽自動車に変えることもバー通いも中々やめられないだろう。ポジションを落とした転職活動をしても、訝しがられるだけだし、次に繋がるポストがいつまでもあるわけじゃない。

「今の新社会人は出世したくないと考えている」なんて話題が少し前にあったけど、VUCAの時代では出世はひとつのリスクなのかもしれない。とはいえ出世しないまま50代に突入するなんてことも悲劇的なので、スキルをつけながらゆっくり出世するという生存戦略が必要かもしれない。

流暢に喋る彼の横顔を眺めながら、そんな思いを抱いた。