#015: 「わからない」と「どうでもいい」

世の中って完全に理解されていることだとか完全な善や悪なんてなくて、ほとんどの事は「わからない」か「どうでもいい」事なんだと考えている。コロナも再生エネルギーも地球温暖化ウクライナ戦争も、政治の側に立っている人間やビジネス側の人間、彼らをサポートして記事を売るメディアの人間が都合の良い事実をパッチワークして仕立てた善悪を売り込んでいるのだ。

起きている事実はおそらく報道の通り、原因や理屈の6-8割くらいは多分あっているが対策はビジネスなので、そもそもの問題を解決していない。

もちろん援助できる事はたくさんあって変えなきゃいけないこともたくさんあるけど、大体の事は権力や資本に都合が良く流布されるストーリなので、我先にと賛同したところで数ヶ月後にはおかしな点が山のように出てくる。

無意識のうちに情報戦の先兵に仕立てられてしまうこの世界線において、僕たちは積極的に「どうでも良い」の立場を貫いた方が良いのではないかと考えている。

#014: 労働に対する極度の不信感と少子化

僕らのような労働者ってパフォーマンスを上げなきゃならない。

何を当たり前のことをいまさら言ってんだ?と思われる方がいるかもしれないけど、これが20年くらい前の田舎の小さな会社だとか商店ならば去年と同じパフォーマンスでOK、プラスアルファで地域の祭事に労力を割くことが求められたくらいで、来年や3年5年後にどうなりたいか?なんて聞かれなかったし、それでよかった。

仕事のスキルが人生を右左することはもちろんあったけど、その差は今ほど過激じゃなかったはずだ。パフォーマンスがより可視化され、過激に成長を求められる精神的な逼迫が僕らの人生から豊かさを奪っているし、パフォーマンスが出なくなったら容赦なく低収入に転落する恐怖が付き纏っている。

パフォーマンスを上げねばならない…さもなくば…という無意識の脅迫が周り巡って子供が減る原因の一つになっているのは間違いない。

 

悪い言い方だけど、子育ては介護と同じくらい時間と精神を蝕む重労働だ。

月曜から金曜までは仕事の後に家事育児がついてくるし、体を休めるはずの土日も家事育児が続いていく。財布には穴が開き四六時中お金が飛んでいくような状況でリフレッシュなしで延長戦をずっとやっているわけだから、未婚の若い人と同じパフォーマンスを出していく…なんてちょっと想像しても辛いものがある。

対岸からこちらを眺めている未婚の人々も、子供を持つこと自体がリスクだと感じるだろうし子供をこんな過激な世界に送り出していいものだろうか?と心の片隅で考えているはずなのだ。

労働や資本に対する僕たちの拭いきれない不信感を払拭したら…少子化は少し解決するんじゃないかと思うんだけど、どうだろうか?

#013: 結婚を更新制にしたら面白いかもしれない

結婚を3年で更新する制度にする。更新は双方の同意がないとできない。

もしこんな制度を作ったら、慰謝料だとか裁判の手間が原因で離婚できない夫婦はあっさり離婚することができるし、経済的精神的に違いを必要としている夫婦なら嫌われないようにより一層お互いをケアするようになると思う。そうするとより夫婦が互いのことを大切にするから諍いも減るかもしれない。

そうするとプレゼントや外食の消費も増えるし役所で更新料を3,000円くらい徴収する制度にしたら下手な増税よりもいい財源になるはずだ。2015年のデータによると日本の結婚している世帯は2.4-2.5千万世帯*1なので荒っぽく計算すると年間240億円の税収*2になる。これは国外への出国にかかる出国税収200億円を上回る金額だ。

僕の想像が至らないデメリットもあると思うけど、これってみんな一度考えてみてもいいんじゃないかな。

*1:総務省統計局 日本の統計2015  2-9 家族類型別一般世帯数

*2:消費課税(国税)の概要(税目ごとの税収等)

#012: 国ガチャと言い出す人が出てくるかもしれないね

親ガチャって言葉が残酷なのは、子供の育つ環境の豊かさが親の経済的な豊かさにすり替えられた文脈で語られ始めたことだ。この言葉が世に出た時は家庭内の虐待だとか貧困と共に語られることが多かったのに、いつの間にか親の経済力という単一軸の元に語られることが多くなってしまった

成長過程の豊かさとは金銭的な豊かさだけではなく、虐待のない家庭だとか人間関係の良好さ、子供の頃に体験できた経験の数のような数値化できない物事を総合したもののはずなので、金銭的に劣っていても里山の中で貴重な体験ができれば良しとされる雰囲気があったと思う。

このまま経済的な豊かさを指して親ガチャという世相が続いていくと、そのうち日本に生まれたことを指して「国ガチャ」と言う人が出てくるかも知れない。それは子供ではなく、親世代の僕らが国を指差して口にする言葉になるだろう。

#011: 人の寿命より短い住宅の命

仕事に行く途中にあったアパートがいつの間にか取り壊されていた。

1週間くらいこの道を通らなかっただけで建物が綺麗さっぱり取り壊されて更地になり、見慣れた景色が様変わりしていた。まだ建物として使える雰囲気が漂っていたのに取り壊してしまうとはなんと勿体無い。建設業界はやたらSDGsが好きなのにいつも建物を壊し続けている。

きちんとSDGsの本質を理解していたらこんなにスクラップ&ビルドを推し進めたりしないのでものすごい矛盾を感じるのだ。人口が減っていく国にしては大きすぎる建設セクターを延命するためにはスクラップ&ビルドし続ける必要があるのだろうけど、もうそんなこと言っていい時代ではない気がする。

 

バラバラに壊された建物の残骸から放たれる恨み節を感じながら、日本の家屋って人間よりも寿命が短いんじゃないか?という疑問がよぎったので調べてみたら、なんとこの国住宅のライフサイクルは欧米の半分以下なのだ。

地震台風のような天災の多い国とはいえ日本の住宅の命は驚きの30年程度。どこぞの住宅メーカーが歌舞伎役者を前面に出してジャパンクオリティなんてCM流しているけど、30年程度でぶっ壊す住宅のクオリティってドヤ顔で語れるものだろうか。

出典: 国土交通省 我が国の住宅ストックをめぐる状況について(補足資料)参考資料4 https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001323215.pdf

住宅って自分の人生の大半を過ごす場所なので、もっと大切に使うべきだと思う。

もしかしたら過密と頻発する火事により、住宅が使い捨てだった江戸時代から日本人の住宅観は進歩していないのかもしれない。スクラップ&ビルドは私たちの魂の奥底まで染みついてしまった価値観なのだ。

本当の意味で長く使える住宅の設計が求められている。

#010: ありがとうと言えない人

ここ半年間くらいとても気になっていることがある。

ある程度いい歳をして世間的に見たらとても恵まれた収入を得ている人なのに、どういう訳か「ありがとう」という簡単な一言が口から出てこない。仕事の関係で知り合った最初の1,2ヶ月は随分としっかりした人だなと思っていたんだけど常に誰かの仕事の粗をつまみ上げる言動に妙な違和感が拭いきれず、なぜ感謝の意を口にしないのか、どうでも良い粗をつまみ上げるのか。その理由を考え続けていた。

男社会の中でのしあがったからだろうか?それとも産まれ持った気質だろうか?

いずれにしてもこの簡単な一言が口から出てこないというのは、何か大きな理由があるに違いないのだけど、どうしても確たる理由が推しはかれずにモヤモヤしている。

 

#009: 身体的制約とイノベーションの限界

考えてみれば人間なんて手足が2本ずつで、目が捉える光の波長も耳が捉える周波数も限られている。一日最低でも3-4時間の睡眠が必要で寿命も高々70歳くらいしかないのだ。

可聴域を超えたオーディオ作ったってほとんどの人には意味がないし4原色以上のテレビも(たぶん)価値がないし、知覚できない3Dの世界への試みはバーチャルボーイから3Dテレビ、VRヘッドセットと見事にずっこけた(VRはまだ生きてるけど)様を見ていた僕たち世代の多くがメタバースを始めたMetaを眺めながら「よせ、死ぬぞ…」と心の中で思ったはずだ。

消費者が人間である以上、身体的な制約からイノベーションの幅はどんどん狭くなりいずれ枯渇する。フィルム写真や真空管オーディオのような味わいを求めるニッチ市場は細々発展するだろうけど、マス向けのイノベーションは間違いなく先細る。

オカルトっぽく表現すると「アセンション」がない限り人間相手のイノベーションは先細るはずなので、向こう30-50年先の世界はもしかしたらしょうもないものを規制側が強制して無理やり消費させる、そんな社会になってるかもしれないな。資本主義の延命、もしくはドーピング資本主義と呼んでもいいような社会になっているかもしれない。

もしかしたら人間相手の商売は発展せず、AIとロボット向けのビジネスが発展するかもしれない。それがどんな形なのか想像もつかないけど。